社会不安障害(SAD)入門
社会不安障害について、基礎から理解を深めていきましょう
第1章
社会不安障害とは何か
社会不安障害(Social Anxiety Disorder: SAD)は、「他人に見られること」や「他人に判断されること」に過度の不安を感じる病態です。従来、日本では「対人恐怖症」または「対人恐怖」と呼ばれていた症状に近く、海外でもtaijinkyoufuとして認識されています。
自分の行動が他人から否定的に評価されることを常に恐れており、対人緊張が高まると、震え、赤面、動悸、悪心などの身体症状が生じます。
診断の重要なポイント
  • 回避行動:行くべきところに行けない(会議、コンサート、学校など)
  • 予期不安:不安な場面を頭の中で何度もリハーサルしてしまう
  • 社会活動への制限:日常生活や仕事に支障が出る
  • 不合理の自覚:自分の不安が過剰だと分かっているのに止められない
重要な特徴
患者さん自身が「この不安は不合理だ」と明確に自覚している点が特徴的です。それなのに不安を止められないことに悩んでいるのです。
この「不合理の自覚」は強迫性障害の診断においても重要とされており、両者の類似性が指摘されています。
第1章
社会不安障害の実態と影響
5-10%
生涯有病率
決して少なくない割合の人々が経験する
20%
うつ病の併発率
SADと診断された人の中でうつ病も併発
25%
未婚率
長じても結婚の経験がない割合
50%
併発疾患
他の病気を同時に診断される割合
性別と年齢の特徴
女性の方が多いと言われており、20歳代より前の若年層に多く観察されています。30〜40歳を過ぎて初発するケースは稀です。これは年齢とともに社交技術(social skill)が発達するためと考えられています。
生活への影響
未婚者が多く、結婚したとしても離婚することも多い傾向があります。親戚づきあいや家族ぐるみの交流ができないことが理由として挙げられます。アルコール依存症や自殺未遂も多い印象があります。
第2章
社会不安障害の症状と現れ方
精神症状
他人から注目される場面での強い不安感。大勢の前、目上の人の前、異性の前、挨拶を読み上げる時、電話する時、会食する時などが典型的です。
身体症状
赤面、火照り、顔の引きつり、吃音、手や声の震え、発汗、身体硬直、嘔吐、意識消失、頻回の尿意・便意などが見られます。
回避行動
不安な場面を避けようとする行動。会議に出席できない、好きなコンサートに行けない、学校に行けないなどの形で現れます。

アルコール依存との関連
SADの人が人前に出なければならない時、アルコールの助けを借りることがよくあり、それが常習的になることもあります。アルコール症の背後にSADがないか吟味する必要があります。
第2章
重症度と対人距離による変化
重症度の分類
軽症タイプ
不安の場面がかなり限定されている。特定の状況でのみ症状が現れる。
中等症タイプ
場面が増えてきて、複数の状況で不安が見られるようになる。
重症タイプ
あらゆる場面で不安が見られるようになり、日常生活全般に支障をきたす。
対人距離による不安の変化
興味深い特徴として、対人距離によって不安感に違いがあることが観察されています:
  • 初対面の人:平気なことが多い
  • 少し慣れた段階:不安が極大になる(最も苦しい時期)
  • 家族レベルの親密さ:また平気になる
学校が始まって少しの期間は元気だったのに、次第に閉じこもりがちになるのはこの典型です。社員食堂で同僚と会話ができない人が、初対面の客とは堂々と話せるのもこのためです。
第3章
鑑別診断:似ている症状との区別
回避性人格障害との鑑別
ポイントは社会生活に制限・支障が出ればSADと診断すべきこと。本人または家族が実際の不利益を被れば、治療を開始すべきです。
パニック障害との鑑別
パニック障害では一人でいる方が不安が高まり、誰かと一緒にいたがります。一方、SADでは他者と一緒にいることが苦痛です。
人格障害との鑑別
スキゾタイパル人格障害、スキゾイド人格障害との鑑別も必要です。病態の質的な違いを見極めることが重要です。
併発疾患の確認
治療を開始する前に、SAD単独の病態なのか、うつ病やアルコール症も併発している病態であるかを鑑別診断することが重要です。併発病があれば当然治療すべきです。
最も併発率が高いのはうつ病であり、SADの20%にうつ病が見られます。これは社会生活に制限が生じた結果、二次性にうつ病になったとも考えられますし、もともとうつ病の人が対人関係で制限を感じた結果ともいえます。
「内気な性格」との区別
病気としてのSADと「内気な性格」の鑑別は困難な問題です。
判断のポイントは、社会生活に制限・支障が出ているかどうかです。本人や家族が実際の不利益を被っていれば、SADと診断して治療を開始すべきです。
第4章
治療の基本:薬物療法
第一選択薬
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
併発率が最も高いうつ病にも有効であり、SAD自体にも効果があるため、第一選択薬となります。
フルボキサミン(商品名:ルボックス)の使用法
1
開始時
50mgから開始
2
3週後
150mgに増量
3
経過観察
150mgを維持または300mgまで増量
4
最低3ヶ月
効果判定まで継続
副作用は口渇と便秘程度で、重篤なものはありません。奇異な反応があったら注視して観察します。

重要な注意点
薬剤開始1週目で不安が強くなる場合があります。これはSADだけでなく、全般性不安障害(GAD)でもフルボキサミンで見られる現象です。しかし、その後不安が低下して、次に回避行動が低下するので安心してください。この1週目の不安増大に対しては、ベンゾジアゼピン系抗不安薬(ソラナックス、ワイパックス、メイラックスなど)を用いて不安を抑える戦略が有効です。
第4章
治療の経過と長期管理
効果発現まで2週から4週が目安になりますが、データからは3ヶ月を経過してからでないと効果の有無を結論できません。ここで注意したいのは、3ヶ月後に無効であったとしても無駄ではないということです。併発しているうつ病・うつ状態については改善が見られていることが多いのです。
標準的な治療期間
最適維持量を最低3ヶ月継続した後、症状が改善していれば維持療法として最低1年は継続します。その後に薬剤を減量して症状再発がない場合には治癒となります。症状が再発した場合には同一薬剤を継続します。
長期投薬が必要な場合
  • うつ病を併発している場合
  • SAD発症が人生早期であった場合
  • 回避性人格障害を併発している場合
  • 薬剤コンプライアンスが悪い場合
  • 遺伝性がある場合
  • 再発を反復している場合
第5章
日本の「対人恐怖」とSADの違い
概念の広がりの違い
日本で古くから使われていた「対人恐怖症」は、社会不安障害のすべてを包摂しなお余りある広がりを持っています。対人恐怖はtaijinkyoufuの用語で国際的にも認識されるほど、日本で独自の研究蓄積があります。
重要な相違点
SADの特徴
妄想性成分を含まない。「自分でもばかばかしいと自覚していながらも不安である、不安を止められない」というもの。強迫性障害と構造的に似ています。
対人恐怖の特徴
妄想を含むことがある。統合失調症につながることもあります。性格障害から統合失調症までを含む概念で、思春期前期に好発し、男性に多く、慢性的に経過します。
視線恐怖の例
視線恐怖を例に、病気の深さの程度を区別することができます:
01
正常範囲内のはにかみ
02
気にする必要はないと知りつつ過剰に意識してしまう(神経症レベル)
03
妄想性を帯び、しばしば被害的になる(軽度精神病レベル)
04
統合失調症の部分症状、訂正不可能な確信(重度精神病レベル)
まとめ:社会不安障害との向き合い方
適切な診断と治療
SADは有病率が高く、未治療で放置すると、うつ病やアルコール症を併発する場合が多いため、積極的に治療する意義が高い疾患です。
治療には時間が必要
薬物療法を1年以上継続した場合に社会生活制限から解放されることが多くあります。ある程度時間がかかるのは、社交において自信がつくまで時間がかかることも理由です。
人生が広がる可能性
結論として、ルボックスを150mg一年飲んでみることで、人生が広がる可能性があります。適切な治療により、制限されていた社会活動が可能になります。
症状を抱えながら生きる知恵
症状をなくすことだけが治療ではありません。症状を抱えつつもうまく生きていく知恵があればいいのです。人間的な知恵とは、困難を抱えながらも、人のためになることをしようと決心し、知恵を絞ることではないでしょうか。
支援体制の重要性
本人だけでなく、家族や周囲の理解と支援も重要です。専門医による適切な診断と治療、そして温かい見守りが、回復への道を開きます。一人で悩まず、専門家に相談することが第一歩です。
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